2015年5月1日金曜日

アメリカにおけるヒーロー観

タイタニックをネタにした小話にこういうのがある。
タイタニック号が沈み始めた時、船長がイギリス人男性客に言った「君はジェントルマンだろう? ジェントルマンは女性と子供を先に助けるものだ。」アメリカ人に言った「君はヒーローになりたくないのか? ヒーローは女性と子供を先に助けるものだ。」ドイツ人に言った「女性と子供を先に助けるのがルールだ。」日本人に言った「みんながそうしてるから、君もそうしなさい」
こういう話が作られる程度には、「アメリカ人はヒーローになりたがっている」というのは常識なのだろう。

Oxford dictionary によると「ヒーロー」とは「勇敢な、良い行いをすることでみんなから尊敬されている人物」だそうだ。個人的にアメリカ人(アメリカ文化が身についている人という意味)の heroic さを感じるのはこういうときだ。

親切

もちろん日本にも親切な人はいるし、アメリカにも不親切な人はいるのだが、感覚的にはアメリカの方が助けてくれることがおおい。"let me help", "let me do ... for you" というフレーズはものすごくよく聞く。ドアを通り抜ける時に扉を抑えてくれて、"after you" と言って先に通してくれるとか、階段を登る時にベビーカーを持ってくれるとか。電車が混雑してる時(こっちにもラッシュはあるのです)に、すでに乗ってる人が "let's squeeze!" と叫んでもっと人が乗れるようにするとか。

裏表がない = 裏を見せない

「日本人は言動に裏表がある」というのはよく聞くが、これは「アメリカ人は裏表がない」ということではなくて「裏をめったに見せない」ということだ。同じことかもしれないけど。
日本だと、ちょっとタバコ吸いに行った時に「部長には A って言ったけどさぁ、俺は本当は B じゃないかと思うんだよね」みたいなことを言っちゃうイメージがある。イメージだけど。アメリカではこれは考えられないし、聞いたことがない。consistency 重視というか、相手によって言うことを変えるのはとても卑怯な行為だという認識がある、と思う。

ポジティブ、大げさ

これもよく言われることだけど、たとえネガティブな内容でも、ポジティブに表現されることがとても多い。「うまくいってない」ときには "struggling" とか言ってはダメで "challenging" というし、「困難にぶちあたったときは」は "we have a problem" じゃなくて "we have an opportunity" という。こういうのに慣れてくると "challenge" という単語を見るだけで、「あぁ何かうまくいってないんだな」と思えてくる。
聞いた話だが、こちらでは小学校・中学校でも留年があるらしい。あるらしいのだが、それは "bonus year" と呼ぶそうだ。「やったーもう 1 年もらえたー」みたいな感じだろうか。

大げさに表現する、という意味での言葉のインフレーションもすごい。"good", "nice" では弱すぎるので、本当にすごいときは "excellent", "awesome", "terrific" ぐらいは言わないといけない。バッチ処理が遅れそうなときに、そのユーザーに「遅れるよー」というメールを出しただけで、"Ken did an excellent job!" と言われたことがある。



これらが「良い行為」であることに異論はないと思うが、日本人としてはなんとなくもやもやする。「"after you" とか要らないからさっさと先に通ってくれ」と思うときもあるし、納得いかないときに愚痴りたくなることもある。メール送るだけで "excellent" と言われるのは恥ずかしいし、そんなことで褒められたくない。「正しいことばかりじゃ、大変だよ / 面倒だよ」という感覚だ。
こういう感覚がこっちにはない、・・・と思う。それがこちらの生活の生きやすさと関係あるのかもしれない。

読み直してみると、最後の「ポジティブ、大げさ」は hero とは関係ないような・・・。まぁいいや。

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